第3章

絵里視点

和也が「憩いの杜」から車を走らせると、見えない鎖にぐいと前へ引っぱられる。だが、向かっているのは家ではなかった。

その代わり、彼はS大へと続く見慣れた道を進んでいく。

私の母校。私が博士号を取得し、トラウマ心理学の分野で最年少の専門家の一人として評価を確立した場所だ。

(一体ここで何をするつもり、和也?)

心理学部の校舎は昔と寸分違わぬ姿でそこにあった。赤レンガの外観、コーヒーカップやバックパックを手に玄関前に群がる学生たち。

けれど、幽霊となった今の私には、まるで自分の葬列を眺めているような光景にしか見えなかった。

和也は確かな目的を持って廊下を闊歩していく。

彼が足を止めたのは学科の事務室の前だった。そこでは小圷美由教授が待っていた。

「五条さん」美由がデスクの向こうから立ち上がった。その表情には、専門家としての同情と、隠しきれない興奮が入り混じっていた。「お越しいただきありがとうございます。さぞ、お辛いでしょう」

「ご用件を」と和也は平坦な声で言った。

美由の微笑みがわずかに揺らいだ。「ええと、お電話でもお話ししましたように、絵里の心的外傷後ストレス障害の革新的な治療法に関する研究が、『『防衛心理学研究』への掲載が決まりました。これは画期的な研究になる可能性があります。彼女のトラウマに焦点を当てた治療法へのアプローチは、何千人もの退役軍人を救うことになるでしょう」

(私の人生の、三年間……)和也の表情が微動だにしないのを見つめながら、私は思った。

「彼女の方法論は画期的でした」美由はデスクの書類をかき回しながら続けた。「認知処理療法と――を組み合わせる、そのやり方が」

「破棄しろ」

美由はまばたきをした。「今、何と?」

「研究資料はすべて破棄してくれ」和也の声は氷のように冷たかった。「あいつに学問的な遺産など残す価値はない」

(今、なんて言ったの?)

美由の顔が真っ青になった。「五条さん、この研究は何千人もの退役軍人を救えるのですよ。絵里はこれに三年間も……」

「妻は……精神的に不安定でした」和也は彼女の言葉を遮った。「あいつの研究は、ただの自己満足だ」

その言葉は、まるで殴られたかのように私を打ちのめした。

(私の人生を懸けた三年間……それを、あなたが他のすべてを壊したのと同じように、壊すつもりなのね)

(この野郎!)

美由は和也を私の研究室......いや、かつて私の研究室だった場所へと案内した。壁には、様々な学術賞の隣に、私の博士号の学位記がまだ掛かっていた。

「すべて処分しろ」和也は言った。「あいつがここにいた痕跡など、くだらない論文一枚たりとも残したくない。」

くだらない、もの……?私の人生そのものが、まるでガラクタのように否定された。

だがその時、和也の手がある特定の研究ファイルの上で凍りついた。『心的外傷後ストレス障害患者における復讐願望、より深い心の傷を覆い隠すもの』

突然、私は再び記憶の洪水に飲み込まれた。殺されたという最近の悪夢ではない。もっと古い記憶。今は毒の味がする、甘い記憶に。

(回想)

「水原絵里」水辺を見下ろすレストランのバルコニーで片膝をつき、和也は言った。「君が本当の愛の意味を教えてくれた。傷ついた人間でも癒されるんだってことを見せてくれた」

「結婚してくれ、絵里。君の愛に値する男だと、俺の人生をかけて証明させてほしい」

たまらなく心を動かされた。トラウマの重みを理解し、退役軍人を相手にした私の仕事を尊重してくれる――そんな傷ついた兵士が、目の前にいたのだ。

「和也……あまりに突然だわ。私のキャリアや、研究のこともあるし……」

「君が研究で成功するのを、俺が全力でサポートする。俺たちは、すべてのことにおいてパートナーになるんだ」

(パートナー。笑わせるわ)

次から次へと思い出が蘇り、そのどれもが前の記憶よりも心を抉るのだった。

結婚後の私たちの新しいアパート。棚には、私の本と彼の軍での勲章が一緒に並んでいた。すべてが完璧で、ロマンチックに見えた。

「絵里、働きすぎだよ」私が論文の採点をしていると、和也は私の肩を揉みながら言った。「君はもう十分に頑張ったじゃないか。これからは、俺に君を支えさせてくれないか?」

「でも、私の研究は今が正念場なの……」

彼がどれほど徐々に、そして狡猾に、私に働く時間を減らし、「良き軍人の妻」であることに専念するよう説得していったかを思い出す。私の自立を一つ一つ削いでいく行為を、彼はすべて思いやりのある気遣いのように見せかけたのだ。

「あの患者たちは君の犠牲に値しない」彼は言った。「君は彼らにとって良すぎる」

三ヶ月後、同じアパート。私はエプロンをつけ、夕食を作っていた。一方で、私の学術書は段ボール箱に詰め込まれたままだった。

「絵里、あなたはほとんど知りもしない男のためにすべてを諦めようとしているのよ」同僚の美奈が、最後の会話の一つで私に警告した。

「彼は私を必要としているの、美奈。犠牲を払う価値のある人もいるわ」

(犠牲を払う価値。私はすべてを犠牲にした。私の魂さえも)

妊娠した時の、束の間の幸福を思い出す。

ようやく、人生が落ち着くべきところに落ち着いたのだと、私は思った。和也の子供を産み、彼が決して持てなかった家庭を築き、愛は最も深い傷さえも癒せると証明するのだと。

なんて世間知らずの、大馬鹿者だったのだろう。

現在に戻ると、和也は私の研究ファイルのさらに奥へと進んでいた。彼は何かを見つけ、完全に動きを止めた。それは、軍人における復讐心理に関する私の未発表の研究だった。

「復讐を遂げた被験者は、しばしば深刻な実存的危機を経験する」彼は震える声で読み上げた。「期待したほどの達成感は得られず、かえって元のトラウマよりも深刻な精神状態に陥ることがある」

「五条さん?」美由教授が戸口から呼びかけた。「大丈夫ですか?」

和也はまるで盗みを見つかったかのように振り向いた。「私は……行かなければ」

彼は私の人生の業績が詰まった箱を足元に置いたままのチェン医師を残し、ほとんど駆け足で研究室から出て行った。

「五条さん、本当に絵里の研究を処分してよろしいのですか?」彼女は彼の背中に向かって叫んだ。

「もう何も確かなことなどない」彼は立ち止まることなく叫び返した。

(もう何もない?一体どういう意味なの、和也?)

私は駐車場まで彼を追いかけた。彼は車に座り、震える手で私の復讐心理に関する研究を取り出していた。

彼を見ていると、恐ろしい認識が私の心の中で形作られ始めた。

心理学者として、私にはその兆候が分かった。感情の不安定さ、私の研究への必死の執着、そして彼の……途方に暮れたような様子。

満足した殺人者が、復讐の心理学を研究する必要などない。望むものを手に入れた男が、駐車場に座り込み、犠牲者の学術研究を前に木の葉のように震えることなどない。

和也は、私がその論文で書いたことと全く同じことを経験していた――復讐後症候群だ。

敵を破壊しても、内なる虚無が埋まらなかったと悟った時に訪れる、打ちのめされるような空虚感。

だが、それはさらに不穏な疑問を投げかける。もし私を殺すことが彼の勝利だったはずなら、なぜ彼は大切なものすべてを失ったかのような顔をしているのだろう?

(本当は……何が欲しかったの、和也?あなたの目的は、ただ私を殺すことだけじゃなかった。絶対に。)

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